60歳、もう一度働くと決めた日。― 33年の証券人生と3年間の介護を経て、次の一歩へ ―
伊藤 久嗣氏 神奈川県在住、60歳。
大学卒業後、現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社に入社し、33年間、国内外株式や債券、投資信託を扱う営業・資産運用コンサルティングに従事。富裕層の個人顧客や中小企業経営者を担当し、管理職として組織マネジメントも担ってきた。
順風満帆に見えるキャリアの途中で、57歳のときに大きな決断をする。
ご自身と奥様、双方のご両親の介護が重なり、早期退職を選んだのだ。
そして3年後。
再び「働く」と決め、2026年1月、株式会社ザイマックスへ入社。
その再出発の活動中に出会ったのが、パソナマスターズだった。

「看板ではなく、自分の力で仕事をしろ」
証券会社への就職は、父親の一言がきっかけだった。
「看板で仕事をするな。自分の力で食べていける仕事を選べ」
会計学科でマーケティングを学んでいた伊藤さんにとって、証券会社は志望業界ではなかった。しかし父の言葉に背中を押され、あえて中堅証券会社へ入社。その後の統合を経て、最終的に三菱UFJモルガン・スタンレー証券で33年間を過ごした。
「私は本来、内向的な性格なんです」と笑う。
だが、顧客との信頼関係を築く力には自信がある。
富裕層や経営者との長い信頼関係。
断られても動じない営業力。
33年間積み上げてきたのは、商品知識以上に“人と向き合う力”でした。
「第一印象が悪かったお客様のほうが、後に一番信頼してくださることが多い。クレームや厳しい言葉の奥には、本音があります。逃げずに向き合うことで、関係は深まるんです」
順風のときより、逆風のときにこそ成長がある。
その姿勢が、長年の営業人生を支えてきた。
17年間の単身赴任と、土日のサッカーコーチ
千葉、三島、宇都宮――
17年間にわたる単身赴任生活。それでも土日は必ず神奈川へ戻った。
理由は、子どもたちのサッカーだった。
きっかけは、長女が小学1年生のとき。引っ越したマンションに貼られていた地域サッカーチーム募集の張り紙だった。そこから、地域のサッカーチームをゼロから立ち上げ、コーチも引き受けた。やがて子ども3人が卒業した後も続け、多い年には、年間160試合もの審判を務めたという。
「今でも街を歩くと、誰かに声をかけられます。教え子たちですね」
地域とのつながりは、今も続いている。
仕事以外の「もう一つの顔」も、人生の大切な財産だ。
57歳、介護と向き合う決断
60歳まで、さらには65歳まで働く道もあった。
だが、奥様の父親の介護が本格化する。
証券業界も時代とともに変化し、コンプライアンスは厳格化。部下を守る責任と家庭の事情。その狭間で、自ら退職を決断しました。
「家族には相談せず、自分で決めました」
退職後まもなくコロナ禍へ。
「妻には言えないことを、義父は私に言ってきました。夜中の電話もありました」
介護施設とのやりとり、病院への付き添い。
「介護職の方々のすごさを初めて知りました。こんなに大変で、こんなに尊い仕事があるんだと」
仕事中心だった人生が、家族中心の時間へと変わる。
その後、立て続けに両親を見送ることになる。
3年間は、まさに“家族と向き合う時間”だった。
ブランクと向き合う日々
介護に区切りがついたあとも、すぐに次の仕事へ踏み出せたわけではありません。
「今さら就職、と言いづらかった」
公園管理の仕事など介護期間中にも“合間で抜けられる働き方”も検討。けれど心のどこかに物足りなさがありました。株式や先物トレードに没頭する日々もありました。睡眠時間も不規則になっていた。
だが、ふと我に返る瞬間があった。
「このままだと70歳で倒れるな、と」
2025年11月10日。
再就職活動を始めた日付を、今もはっきり覚えている。
しかし現実は厳しく、書類選考で落ち続けました。
紹介されるのはマンション管理や駐車場管理など、これまでのキャリアとは大きく異なる職種が多かった。それでも、「過去の延長」ではない仕事を探した。
「年齢の壁と、これまでのキャリアが通用しない現実を知りました」
条件はひとつだけ。
“土日は休みたい”。家族との時間を守るためでした。
パソナマスターズとの出会い
転機となったのが、パソナマスターズとの出会いでした。
「一番元気な営業の方が、すぐ会ってくれた」
メールも就職活動も久しぶりで戸惑う中、伴走してくれる存在がいたことが心強かったと言います。33年の金融キャリアは“過去”ではなく、“対人力”という普遍的な価値として再定義されました。

現在はザイマックスにて、プロパティマネジメントを行うビルマネジャー職として勤務。
ビルオーナーの代行として、テナント対応や賃料交渉、物件視察、資料作成などを担当。渋谷や秋葉原など複数物件を受け持ち、外出も多いアクティブな日々です。
入社までに面接、面談、適性検査 ~
「きちんと見てくれている会社だと感じた」と振り返ります。

60歳、通勤2時間も前向きに
片道約2時間の通勤。
「座れなかったら、ここで鍛えようと思うんです」
ラジオで情報収集をしながら気持ちを整える時間。単身赴任時代は徒歩や車通勤だったため、“電車通勤”に憧れすらあったと笑います。
その結果、足腰が鍛えられ、ゴルフのスコアも向上。
「会社に来てお金をもらえて、身体も鍛えられる。最高です!」
職場ではAIも積極的に活用。メール作成や要約など、新しい技術を楽しみながら取り入れています。
75歳まで働きたい
「自分でふたをするのはよくない」
ニュースで70代の現役歌手を見るたび、そう思うようになりました。
退職直後は解放感もあったものの、次第に社会との接点が減り、生活のメリハリも薄れていったといいます。
今は金曜日が待ち遠しい。月曜の緊張感も心地いい。
働くことで、1日1日が立体的になる。
将来は宅建など不動産系資格にも挑戦予定。
目標は「75歳まで現役」。
これから再出発する人へ
「自分のキャリアが通用しない、と一度は思いました。でも、“通用させよう”としなくていいのかもしれません」
大切なのは、
過去の肩書きではなく、
今、どんな姿勢で向き合えるか。
「60歳は、終わりじゃない。むしろ、一番自由に選べる年齢かもしれません」
その言葉には、33年の経験と、3年の空白、そして再出発の実感が込められていた。
人生100年時代。
キャリアに終わりはありません。もし、ブランクや年齢を理由に一歩を迷っているなら――
あなたの経験を、もう一度社会で活かす道があります。
パソナマスターズは、ミドル・シニア世代の再挑戦を支援しています。
次の一歩を、ここから始めてみませんか。
